聖和教会 & 附属:聖和幼稚園
by seiwach


カテゴリ:What's New( 41 )

2007年 ペンテコステ礼拝のお知らせ


   説教題   【 あなたは信じるか 】
      聖書ーヨハネによる福音書 第9章1節~41節より
            

  平19年5月27日(日) 午前10時30分より
               
 
聖餐式・愛餐会も行われます。
どなたさまも、どうぞお気軽にお越しください。
 
聖書と讃美歌は教会で用意しております。 


ペンテコステ(聖霊降臨日)は、クリスマス、イースターにつぐキリスト教の三大祝祭日の一つです。イースターから数えて50日目。ギリシア語で「第50の」という意味の言葉からきています。日付は毎年変わりますが、おおよそ五月初旬から六月上旬の日曜日となっています。
イエスが弟子達に約束した聖霊が彼らの上に降り教会が誕生した記念日です。
新約聖書 「使徒行伝」 第2章1節~11節 参照
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            聖霊降臨 エル・グレコ プラド美術館(マドリード) 
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by seiwach | 2007-05-13 16:22 | What's New

教会バザーのご案内

平成19年1月21日(日) 午後12時30分より14時30分 

  【献品】      日用雑貨、食料品、手芸品

  【お食事】    カレーライス、あんみつ、フランクフルト
            お惣菜、ホームメイドクッキー、ケーキ
            コーヒーショップ                
 
どなたさまも、お誘いあわせの上、どうぞお気軽にお越しください。
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by seiwach | 2007-01-09 20:44 | What's New

2006年 クリスマス讃美礼拝のお知らせ

 説教題   【 その名はインマヌエル 】
      聖書ーマタイによる福音書 第1章23節より
            ~見よ、おとめがみごもって男の子を生むであろう~

平成18年12月24日(日) 午後5時30分より
                (開場 午後5時)
 
あなたの心に何よりも素敵なプレゼントをお届けします。
どなたさまも、どうぞお気軽にお越しください。
 
聖書と讃美歌は教会で用意しております。 


 クリスマス礼拝 説教題 【イエス・キリストは主である】
     聖書ーピリピ人への手紙 第2章1節~11節より          
     平成18年12月24日(日) 午前10時30分より

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by seiwach | 2006-12-11 20:46 | What's New

ハンギリム讃美隊来日のお知らせ

    礼拝説教  シン・ジョンウ牧師 
                (ソウル セムナン教会副牧師)
            

  平成18年10月8日(日) 午前10時30分より
               
 
 伝道の秋に韓国ソウルからセムナン教会のハンギリム讃美隊一行を迎えます。
90名の大部隊が日本への伝道のために各自自費で来日致します。
 10月4日(水)~8日(日)まで、滞在され、主に東京、山梨で奉仕されます。
 8日(日)には、5つの教会に分散して、礼拝を共にささげます。聖和教会にも20名の方々を迎え、礼拝説教と讃美を献げて下さいます。
7日(土)には銀座教会にて午後2時から東支区の「支区の集い」に奉仕してくださいます。覚えて、ご出席ください。 礼拝後愛餐会を持ちます。

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 【ハンギリム讃美伝道in Japan 来日メンバー】
 牧師 3名
    イ・スヨン主任担任牧師
    シン・ジョンウ副牧師
    ナク・ウンヘ教師(大山和至日本基督教団教師・留学中)
 長老・執事 10名
    ソ・ウォンソッ国際宣教担当長老(按手長老)
    キム・ヒョンイル隊長(按手執事) ほか
 音楽指導  2名
    クォン・チュンミ(指揮)
    ジャン・ヨンジン(伴奏)
 隊 員  71名
    イ・セジン(総務) ほか 18-28才の青年男女 
 通 訳   4名
    パク・ウンジョン ほか 日本語通訳チーム「座草会」の青年
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by seiwach | 2006-10-02 19:43 | What's New

敬老愛餐会のお知らせ


   説教題   【 わに 】
      聖書ーヨブ記 第41章1節~34節より
            

  平成18年9月10日(日) 午前10時30分より
               
 

 今年も9月の第二主日に敬老の思いを持ってご一緒に礼拝をささげ、礼拝後、共に愛餐の時を持ちたいと計画しています。どうぞ万障繰り合わせてご出席くださいますようにお待ち申し上げます。
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by seiwach | 2006-08-31 21:56 | What's New

特別伝道集会のお知らせ

 説教題   【 本心に立ちかえって 】

         大隅啓三先生(元金沢南部教会牧師)


      聖書ールカによる福音書 第15章11節~24節より
            ~このむすこが死んでいたのに生き返り
                いなくなっていたのに見つかったのだから~

    平成18年6月18日(日) 午前10時半より
             
 
どなたさまも、どうぞお気軽にお越しください。
 
聖書と讃美歌は教会で用意しております。 

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by seiwach | 2006-06-11 12:48 | What's New

2006年 イースター礼拝のお知らせ


   説教題   【 神の恵みを無にはしない 】
      聖書ーガラテア人への手紙 第2章15節~21節より
            

  平成18年4月16日(日) 午前10時30分より
               
 
聖餐式・愛餐会も行われます。
どなたさまも、どうぞお気軽にお越しください。
 
聖書と讃美歌は教会で用意しております。 


 受難週祈祷会
               
     平成18年4月11日(火)~13日(木) 午後7時30分より 

 受難日礼拝
               
     平成18年4月14日(金)  午後7時30分より 
 
   説教題   【 救いを得るように 】
      聖書ーテサロニケ人への第1の手紙 第5章1節~11節より
      
     
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by seiwach | 2006-04-12 17:10 | What's New

クリスマス礼拝  2005年12月25日(日)

  説教題  【義とされる】

     聖書ーローマ人への手紙 第3章21節~31節より          
   
「神みずからが義となり、さらに、イエスを信じるものを義とされるのである。」(26節)
 今年は主イエス・キリストのご降誕日にクリスマス礼拝を献げることができました。
 主のご降誕を告げるメッセージは、両親のヨセフとマリヤ以外では最初、野で羊の番をする羊飼いたちに語られました。
 「きょうダビデの町に、あなた方のために救主がお生まれになった。」(ルカ2章11節)
最初羊飼いたちはこのみ使いの言葉に恐れと驚きを隠すことができませんでした。「恐れるな」とのみ使いの告げる言葉にひれ伏して聞く時に初めて彼らはそのメッセージが今までに知らされたどのメッセージに勝る喜びの訪れであるかを知らされたのです。彼らを包む闇の中で真実の希望の光がそこにはあったのです。夜という闇、時代の闇あまたの闇の世界におじ惑う者に与えられる希望の光が贈られたのです。
 わたしたちは声を大にして伝えなければなりません。この日はプレゼントがゆきかい楽しむだけの日ではないことを。私たちに託されたことはただいたずらにこの日がおめでたい日だと浮かれ騒ぐことではなく、ただ1つの事実を伝えることなのです。
 「あなた方は、幼な子が布にくるまって飼い葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それがあなたがたに与えられるしるしである。」真のメシアが人としてお生まれになった。そこに招かれ生かされる人生を始めることのできる幸いが与えられたのです。
 ローマ人の手紙3章に語られることもまた神の恵みとキリストのあがないによって義とされる人生が与えられたことであります。それがまさにクリスマスに神のみ子の誕生として形になりました。人はどうしたら神と正しい関係を持つことができるか、恐れや不安でなくやすらぎと平安が与えられるかを示しています。
 どうしたら神と共に平安に、安らかに生きることができるか、疎外感や不安、恐れから開放されるか、それはまさに神との正しい関係に入ることからしか得ることのできないものなのであります。
 キリストの出現以前、ユダヤ人たちはそれを律法の規定を遵守することによってのみ与えられると言い伝え続けてきたのです。しかし、それは現実に不可能でした。
 誰も律法を完全に守ることなどできはしなかったのです。それは不完全な人間には重い荷であります。にもかかわらず、律法は必要であったのです。それは真の神に至らせる唯一の道を示しているからです。律法は人に罪を自覚させるためになくてはならぬものでありました。己の弱さを知り、悔い改めの人生を受け入れる時に人はイエス・キリストによって贖いとられた人生が与えられていることを信じることができるのです。
 キリストを信じる信仰による神の義があるのです。罪ある者がキリストの十字架の執り成しによってあたかも罪なき者のようにして神が取り扱って下さる。主の憐れみによる赦しが人を恐れから解き放つのです。神は砕けた悔いた心を持つ者を暖かく受け入れて下さるのです。赦しの愛に包まれ、神の義とされて人は救われました。
クリスマスは罪の赦しを与えるために神が愛する独り子を世に遣わされた出来事であります。価なしに、神の恵みによって、イエスを唯一の主と信じる者を神は義とされたのです。
 神の義のうちに生かされるためにわたしたちのなし得ることは何もない、ただ一方的な赦しがあるだけなのです。それが行ないによらずただ信仰のみということなのです。
 今や救いがユダヤ人だけではなく異邦人にもすべて信じる者に等しく与えられている、それがクリスマスの意義であります。神は唯一であり、神への道は異邦人にもユダヤ人にも開かれており、イエスを主と仰ぐ者はみなその道を歩むことができるのです。そして律法、神の言葉を受け入れて神の愛のうちに生かされ、恐れや不安から開放されて生かされるのです。
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by seiwach | 2006-01-15 19:54 | What's New

2005年 クリスマス讃美礼拝のお知らせ

 説教題   【 朽ちない冠を得るために 】
      聖書ーコリント人への第1の手紙 第9章24節~27節より
            ~あなたがたも、賞を得るように走りなさい~

平成17年12月24日(土) 午後6時より
                (開場 午後5時30分)
 
あなたの心に何よりも素敵なプレゼントをお届けします。
どなたさまも、どうぞお気軽にお越しください。
 
聖書と讃美歌は教会で用意しております。 


 クリスマス礼拝 説教題 【義とされる】
     聖書ーローマ人への手紙 第3章21節~31節より          
     平成17年12月25日(日) 午前10時30分より 
      
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by seiwach | 2005-11-28 22:37 | What's New

特別伝道(第二)礼拝説教  2005年10月16日(日)

 説教題   【 走り寄って来る神 】
      
      聖書-ルカによる福音書 第15章12節ー24節
           
      小友 聡 牧師 (中村町教会牧師 東京神学大学助教授)

 ある人に二人の息子がいました。弟の方は父から財産を分けてもらうと、さっそく旅に出ました。遠くの国で、もらった財産を放蕩で使い果たした時、折悪くも飢饉が起こり、息子はとうとう食べることにすら窮しました。彼は農家に身を寄せて豚を飼う仕事を貰いましたが、空腹に耐えきれず、豚の餌でもいいから食べさせてほしいと願うほどでした。息子はどん底まで落ちたのです。
 その時、彼は我に帰りました。父親のもとに帰ろう。けれども、彼にはもう息子と呼ばれる資格などありません。父の思いを踏みにじった自分を深く悔いて、彼はとぼとぼと家に向かうのです。
 さて、父親はどうしていたでしょうか。放蕩息子に愛想を尽かしていたでしょうか。いえ、そうではありませんでした。父親は待っていたのです。息子が帰ってくるのを。驚くべきことに、遠くから息子がやって来るのを見つけるや父親は息子に駆け寄るのです。息子が父親に駆け寄ったのではありません。父親の方が息子に駆け寄ったのです。
 聖書には父親が息子を「憐れに思った」と書かれています。これは、はらわたがちぎれる、というほどの強烈な意味の言葉です。父親は胸が引き裂かれるほど憐れに思い、自分の方から息子に向かって走り寄りました。そして、息子の首を抱き、接吻をし、大喜びで息子を家に招き入れ、祝宴が始りました。父親は放蕩息子を無条件で迎え入れたのでした。
 ところで、これとよく似た出来事が旧約聖書に記されています。それは預言者ホセアの物語です。神はある時、ホセアにこう命じました。「淫行の女を娶れ」。そこでホセアはゴメルという女を妻に娶りました。幸せな生活が始り、彼は三人の子供に恵まれました。ところが、妻ゴメルは夫ホセアを裏切り、家を出てしまうのです。ゴメルは町の娼婦に戻ってしまった。妻に裏切られたホセアは苦しみにうめきました。彼は妻を赦すことができません。
 そのホセアに再び神の言葉が臨みました。「夫に愛されていながら姦淫する女を愛せよ」。その命令を聞いて、ホセアは町に出ました。彼はゴメルを捜し歩き、奴隷となっていた彼女をついに見つけ出し、相当の銀貨で買い戻したのです。赦せないゴメルをホセアは神の命令とおり受け入れました。これは預言者ホセアの象徴行為でありました。ホセアが示したことは、神に背き離れ去ったイスラエルの民をそれでも神は見捨てはしない、というメッセージだったのです。その神ご自身の赦しの愛を知るために、ホセア自身がそれと同じ体験を神から与えられたのでした。神の激しい思いがこう記されています。「ああ、エフライムよ、お前を見捨てることができようか。イスラエルよ、お前を引き渡すことができようか。私は激しく心を動かされ、憐れみに胸を焼かれる」。妻ゴメルを捜し求めるホセアの姿の中には、憐れむ神の姿がはっきりと映し出されています。ここには、あの放蕩息子を走り寄って迎えた父親と全く同じ赦しの愛があるのです。
 この常識を超えた破格の愛。ここに救い主イエス・キリストの姿がはっきりと浮かんできます。イエス・キリストは最もむごい十字架刑を自らお引き受けになりました。私たちが犯してきたすべての罪を赦すために、主イエスはご自分を犠牲にし、私たちの身代わりとなって十字架で死を遂げたのです。私たちに示して下さった神の無条件の赦しがここにあります。十字架のイエス・キリストこそが走り寄る神の姿を示しているのです。
 今朝、この救い主イエス・キリストの前に私たちは招かれています。たとえ私たちが放蕩息子のように神の目から見て失われている者であったとしても、いや、そういう私たちであるからこそ、主イエスは招いて下さるのです。今日私たちは招かれています。一人残らず皆、この聖和教会に招かれているのです。この招きの言葉を受け入れ、共にキリストを信じて歩みだしましょう。
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by seiwach | 2005-11-28 22:11 | What's New